デンバーではコロラド・ロッキーズ(
同名の野球チームの設立前)を名乗るもファン層の拡大には至らず、成績の方も6年間でたった1度だけプレーオフ進出を果しただけであった。ロッキーズは1979年に失地回復のため人気者で派手な行動で知られる
ドン・チェリーをコーチとして雇い入れるも成績不振で1シーズンで解任、また
1982年には当時のオーナーのジョン・マクマレン (John McMullen) が
ニュージャージー州イーストラザフォードのメドウランズ・コンプレックスに本拠地移転を行い、チーム名をニュージャージー・デビルスに変更した。この名称は、ニュージャージー南部のパインバレンズ (Pine Barrens) に生息するとされる不吉な
UMA、
ジャージー・デビルの伝説に由来する。1980年代のチームは、ウェールズカンファレンスの決勝に進出した
1988年(ボストン・ブルーインズに敗退)を除き、依然として低空飛行を続けた。
前年の敗北のダメージは、翌年にはすっかり癒えていた。
1995年はロックアウトでシーズンが短縮された年であるが、見事
デトロイト・レッドウィングスを第4試合で破ってスタンレー・カップ初優勝を遂げる。
1996年はプレーオフ進出ならず、1990年代残りはファンの期待に答えられず再び低迷する。
2005年2月、デビルスは総工費3億1000ドルをかけて新ホッケースタジアムをニュージャージー州ニューアークに建設すると発表した。コンチネンタル・エアラインズ・アリーナに代わるこの新アリーナ・プルデンシャル・センターは、2007-2008シーズンから使用が開始された。
またニュージャージー州議員のクレイグ・スタンリー(
バプティスト派の助祭でもある。)は、宗教的な問題から「デビルス」の名称の変更を求める決議案の提出を計画しているとの声明を発表した。これに対し、CEOのルー・ラモリエロ (Lou Lamoriello) らデビルス首脳は、変更する考えのない旨を明らかにしている。ロゴやマスコットについてはチームがキリスト教における悪魔の描写をモデルとしたことをほのめかしつつも、「デビルス」なる名称は伝説のジャージー・デビルに由来するからとされている。