昭和62年(1987)に、三月書房から出版さ

れた、限定わずか50部発行の岡本文弥の特装

本の随筆集『桃栗三年あと八年』(定価1万円)

である。表題にあるように、ちょうどあと八年

で、文弥師は百歳を迎える時の出版であょた。

 本書は、全50部のうちのうちナンバー「九」

が奥付に刻印されている。本の内容は、別に廉

価本も出版されたが、この豪華手作りの特装本

はこの世50部しか存在しない!


【岡本文弥】

  古浄瑠璃の文弥節の演奏家(太夫)である。

初世(1633~1694)は大坂道頓堀の伊藤出羽掾

座で語り出し人気を集めた。いわゆる〝文弥節〟

の始祖とされる。


  今回ヤフオクに出品した本書は、四世(1895

~1996)の著作である。本名は井上猛一、東京

都出身で早稲田大学中退後に中央新聞へ勤務し

ながら、母の三世・岡本宮染に師事し新内節を

学んだ。文学青年でもあり、永井荷風や北原白

秋に傾倒し投稿を重ねた。


  関東大震災が発生した大正12年(1923)に専

念し7年間精進に励む。昭和5年頃から自らの

作詞・作曲による新作を盛んに発表した。特に

レマルク作の『西部戦線異状なし』や徳永直の

プロレタリア文学『太陽のない街』、戦国軍記

『磔茂左衛門』などの新作の新内で評判を博し

た。その頃には、四世家元・岡本文弥を名乗る。

その後、『滝の白糸』や『唐人お吉』などを発

表。藤間勘妙とのコンビで、新内舞踊の道を切

り開き高い評価を受けた。


  戦後は新内に、はじめて解説を導入しファン

層を広げた。以後、芝居や寄席の出語りなど地

道に努力し、昭和32年芸術選奨文部大臣賞を受

賞。さらに、大西信行が作詞の『円朝恋供養』

で芸術祭優秀賞、人形劇団プークでの『弥次喜

多東海道中噺』、『なめくじと志ん生』や『風

物詩お雪(東綺譚)』、『ぶんやありらん』な

ど多くが評判となった。


  また、若き文学青年だった文弥は、洒脱な文

体の随筆家としても知られ、本書『桃栗三年あ

と八年』以外にも、『遊里新内考』『芸人ふぜ

い帖』『芸流し人生流し』『文弥芸談』『ぶん

やぞうし』などの名著も多い。


 文弥師は〝邦楽界の異端児〟といわれ、百歳

のみぎりには、日本芸能実演家団体協議会の芸

能功労者に選ばれた。そして、その翌年、百壱

歳で天寿をまっとうした。


  ちなみに、先に上げた賞以外にも、紫綬褒章、

勲四等旭日小綬章、芸術選奨奨励賞、芸術祭賞

優秀賞、松尾芸能賞ほか多数も受賞している。


 本の状態は、当時、寄席で購入予約があり定

価で購入、長年大切に保管していたので「美本」

である。送料は当方が負担いたします。